連絡と今後のブログ

今後は自分の向上のためにも、読書内容に関するブログも積極的に投稿していく。 今週はルネ デカルト「方法序説」の感想文および柳父章「Godは神か上帝か」の感想文、来週はM.モース「贈与論」、E.ボエシ「自発的隷従論」題名からは敬遠されるが、ダイアログ…

私と社会〜最近の脳内流行〜

私と社会 今自転車で急ぐように帰る人々には、いつもある種の共通項が存在している。ママチャリに乗っていても、クロスバイクに乗っていても殆ど普遍的に見られるこの共通項は、立ち漕ぎであったりとか、力をより蓄えるようにと背中を丸めるようにして漕ぐの…

商業的契約の意識は学校への積極性をもたらすか

商業的契約の意識は学校への積極性をもたらすか このアイデア、まあ提案としての意味もあるは僕が先日書いた回顧談を見直すうちに思いついたものである。また、僕が回顧談を書こうと思った動機も、このアイデアのようなどうすれば自意識を学校に行くという風…

ブログ「してほしい教育と必要な教育の違いについて」の感想2/2

感想は前半部分に対しての感想と後半部分に対しての感想というふうに2つに分けて書いたので、今回は後半部分に対しての感想を発表したい。 正直に告白すると、先生が前半部分に書かれていたことについて僕は「ああその思想の必要性はわかっているのに」とあ…

ブログ「してほしい教育と必要な教育の違いについて」を読んでの感想1/2

先日書いたブログ「再考1」の続編を書こうと思い、googleを開いたら、塾長のブログが更新されていたので、それについての感想を書くことに予定を変更した。 鉤括弧で引用しながら思ったことを書き綴る形式をとりたいと思う。 してほしい教育と必要な教育の…

なぜ僕は学校へいけないのか。再考1

なぜ僕は学校へ行けないのか再考1 自我の克服と露呈は誰にとっても恥辱の感を至らしめるが、その露呈こそが克服のinitial stageになりうることを意識して、この原稿を書いた。 いったいなぜ僕は学校へ行けないのであろうか。ここで「行けない」という言葉を…

悪とは何なのか

以下は、昨日の最寄りの駅からの帰宅中の出来事である。「他の人のせいにするな!!悪いのは誰だ?悪いのは誰だ?」このような男の罵声とともに、幼女の泣き声が聞こえてきた。本来なら「そのような音は聞こえなかった、自分は意識しなかった」として通り過…

なぜ理解することが必要なのか

なぜ人間は自分の対峙している物事を理解することが必要なのでしょうか? このような質問に対する返答として、容易に想像できるのが「人間の頭脳は習ったすべてのことを正確に記憶できるわけでは無いから」と言う物です。つまりは外的世界の情報量は人間の脳…

自己紹介として

簡単に運営者の自己紹介をします。 生命科学や人間科学、哲学や倫理思想史、政治過程史、法経済学など我々の存在の根源ともいえる部分への興味が強い高校生です。 文学では、フランス文学と日本の新感覚派、戦後派、余裕派の作品を好む傾向にあるようです。 …